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東京地方裁判所 平成元年(ワ)11063号 判決 1990年7月16日

原告 高崎病院こと 高崎優

原告 社会福祉事業団創寿の園こと 高崎修

右両名訴訟代理人弁護士 鈴木稔充

被告 株式会社シー・エム・シー

右代表者代表取締役 宮川潔

右訴訟代理人弁護士 吉村浩

主文

一、原告高崎優の被告に対する別紙債務目録一ないし三記載の貸金債務の存在しないことを確認する。

二、原告らの被告に対する同目録四記載の貸金債務の存在しないことを確認する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文同旨

二、請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1. 本件訴えをいずれも却下する。

2. 訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案の答弁)

1. 原告らの請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

被告は、原告高崎優が被告に対し別紙債務目録一ないし三記載の貸金債務を、また原告らが被告に対し同目録四記載の貸金債務をそれぞれ負担している旨主張している。

しかし、原告らは被告に対し右各貸金債務を負担したことはない。

よって、原告らは、被告に対し、右各貸金債務の存在しないことの確認を求める。

二、被告の本案前の主張

被告は、原告らに対し、請求原因記載の債権の存在を主張してはいない。被告がその存在を主張している債権は、原告高崎優振出の別紙約束手形・小切手目録一、二記載の約束手形金債権及び同目録三記載の小切手金債権並びに原告ら共同振出の同目録四記載の約束手形金債権であり、これらの債権について、被告は、昭和六一年九月五日、東京地方裁判所においてそれぞれ手形判決ないし小切手判決を得て、既に右各判決は確定している。

したがって、原告らの本件訴えにはいずれも確認の利益がない。

三、右本案前の主張に対する原告らの反論

被告主張の各約束手形及び小切手は、いずれも訴外乗原昂が偽造したものであるから、その原因関係を欠き、原告らは、本訴において、被告に対し右各原因債権の不存在確認を求めているのであるから、本件訴えに確認の利益のあることは明らかである。

四、請求原因に対する被告の認否

前述したように、被告において原告らに対し、請求原因記載の債権の存在を主張していない以上、本訴は請求原因事実である「被告の債権の存在の主張」が立証されておらず、原告らの請求に理由のないことが明らかである。

第三、証拠<省略>

理由

一、被告の本案前の主張について

被告は、原告らに対し、請求原因記載の債権の存在を主張していない、被告がその存在を主張しているのは、別紙約束手形・小切手目録記載の各約束手形金債権・小切手金債権であり、これらの債権については既に手形判決ないし小切手判決がそれぞれ確定している、したがって、原告らの本件訴えはいずれも確認の利益がない旨主張する。

そこで検討するに、確認の利益は、原告の権利又は法律的地位に現存する不安危険を除去するために、判決によって右の権利関係の存否を確認することが、必要かつ適切である場合に認められるのであり、債務不存在確認訴訟の場合、この不安危険を認めることは比較的容易であって、被告が債権の存在を主張するだけで十分である。しかしながら、右のような場合にそのまま当てはまらず、被告において債権の存在を主張せず、或いは債務の不存在を認めながら、請求の趣旨に対する答弁としては棄却の判決を求める場合にも、過去の紛争の存在から推して、原告の法律上の不安定を終局的に除去し、将来に禍根を残さないために、確認の利益を肯定するのが相当である。

これを本件についてみるに、被告は、前叙のとおり請求原因記載の債権の存在を主張していないとする一方で、本案については請求棄却の判決を求めているのであり、また、後記の原告らと被告との間の過去の紛争の経緯に照らしても、原告らの本件訴えに確認の利益を認めることができるものというべきである。

また、成立に争いのない乙第一号証ないし第六号証によれば、昭和六一年九月五日、東京地方裁判所において、別紙約束手形・小切手目録一、二記載の約束手形について、手形判決(同裁判所同年(手ワ)第一一四八号約束手形金請求事件)が、同目録三記載の小切手について、小切手判決(同裁判所同年(手ワ)第一一五〇号小切手金請求事件)が、同目録四記載の約束手形について手形判決(同裁判所同年(手ワ)第一一四九号約束手形金請求事件)がそれぞれなされ、原告らは、昭和六三年になって、右各事件について、同事件の訴状、判決の送達はいずれも原告らが当時経営していた高崎病院の事務長を補佐して病院事務を行っていた乗原昂が、同病院の事務用に常時使用していた印鑑を冒捺して受領したものであるから、原告らに対する適法な送達がなされたものとはいえないと主張して異議の申立をしたが、同裁判所は、平成元年二月一〇日、右異議申立をいずれも異議申立期間経過後に提起された不適法なものとして却下する旨の判決を言渡し、原告らは右判決について控訴したが、東京高等裁判所は、同年五月三一日、右控訴を棄却する旨の判決を言渡し、原告らは更に右判決について上告したが、最高裁判所は、平成二年三月六日、右上告を棄却する旨の判決を言渡し、前記各約束手形判決及び小切手判決はいずれも確定したことが認められる。

本件で、原告らは、右各約束手形及び小切手は、いずれも乗原昂が偽造したものであるから、その原因関係を欠き、原告らは、本訴において、被告に対し、右各原因債権の不存在確認を求めているのであるから、本件訴えに確認の利益のあることは明らかである旨主張している。

ところで、手形金債権・小切手金債権とその原因債権とは、実体法上別個の請求権であるばかりか、通常は、前者は後者の支払手段としての機能を有する一方、その間には強固な無因性が存し、しかも、手形訴訟・小切手訴訟といった原因関係とは切り離された簡易迅速な訴求制度が定められていることに照らすと、手形金債権・小切手金債権とその原因債権とは、当事者の同一の有無にかかわらず、訴訟法上別個独立の請求権として、それぞれ別異に取扱う他はなく、したがって、手形判決・小切手判決が確定した後、その被告が右判決の執行力を排除する方法として請求異議訴訟を提起し、或いは右判決による執行後に不当利得返還請求訴訟を提起するとしても、そこでいわゆる原因関係上の抗弁なるものは、手形金請求権・小切手金請求権の行使に対する権利濫用を基礎づける一つの事情としての意味をもつことはあっても、それ自体が直接手形金債権・小切手金債権に関する請求異議の原因ないしは不当利得を基礎づける事実とはなり得ないものと解される。

そうすると、原告らが本訴においてその主張にかかる原因債権の不存在確認を被告に対し求める実体法上、訴訟法上の実益が奈辺にあるのかはなお疑問なしとしないけれども、本件ではそうしたいわば広義の確認の利益について論及する必要もなく、専ら債務不存在確認訴訟における確認の利益一般の問題として考えれば足り、手形金債権・小切手金債権とその原因債権とが訴訟物として異なるものである以上、前叙のとおり本件訴えの確認の利益はこれを肯定すべきものであるといわざるを得ない。

したがって、被告の本案前の主張は理由がない。

二、本案について

被告は、原告らに対し、請求原因記載の債権の存在を主張していない以上、本訴は請求原因事実である「被告の債権の存在の主張」が立証されておらず、原告らの請求に理由のないことが明らかである旨主張する。

しかしながら、訴訟物の特定・識別の方法と請求原因に記載する攻撃方法としての要件事実とは理論上区別されなければならない。前者すなわち訴訟物の特定・識別方法の主張の性質は、一定の権利主張(法律上の主張)であるが、後者すなわち攻撃方法の性質は、一定の事実主張である。債務不存在確認訴訟においては、攻撃方法としての請求原因である一定の事実主張というものはなく、訴訟物である権利の発生要件事実は、これによって利益を受ける当事者すなわち被告にその主張立証責任があり、被告の防御方法すなわち抗弁となるものと解すべきであり、その理が被告の応訴内容によって左右されるものでないことはいうまでもない。したがって、債務不存在確認訴訟の場合でも、訴訟物である権利の発生要件事実について主張責任と立証責任は分離せず、いずれも被告に帰属するものである。

そうすると、被告の前記主張は独自の見解という他はなく、採用の限りではない。

したがって、前述した見地に立ってみる限り、本訴において、被告は、訴訟物である権利(その特定・識別は十分というべきである。)の発生要件事実について何ら主張立証しないから、結局原告らの本訴請求は理由があるものといわざるを得ない。

三、結論

よって、原告らの本訴請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小澤一郎)

<以下省略>

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